メディコウ・リーガル #2
医療ミス訴訟の成り立ち
医療ミス訴訟が成立するためには、患者側すなわち原告は「過失」「直接の原因」「損害」の三つが在ったことを裁判所で証明しなくてはならない。これらを提示できなければ、原告は訴訟で勝つことはできない。一方、医療に当たった側すなわち被告は、有罪が証明されない限りその責任を問われることはない。
何をもって証明されたとするかの基準は、管轄によって異なる。例えばカリフォルニア州の民事法廷では「あり得そうもないより、あり得た可能性の方が大きい」ことを証明する必要があるが、「妥当な範囲を超えていた」ことを証明しなければならない法廷もある。
「過失」というのは、一般的とされるよりも低いレベルの医療を意味する。しかし、その「一般的なレベル」は誰が決めるのか? 現在、少なくともアメリカでは、発達したコミュニケーション手段と情報交換のおかげで全国どこでもそのレベルは共通とされている。つまりワイオミングで一般的とされる医療のレベルは、ニューヨークのそれと同じということだ。ある州で正しいとされた医療方法は、他の州でも正しいのである。これが国際間になると、定義は曖昧になる。東京の医者とロサンゼルスの医者は、同じレベルの医療を維持しているのか? 東京と北海道の小さな村を比較した場合はどうだろうか?
さらに興味深い疑問がある。裁判において、いったい誰がこの「一般的なレベル」を説明するのか? 原告、被告の両サイドからその分野の専門家とされる証人が問題となっているケースについて証言する。その信頼性は反対尋問によって試されるが、「一般的なレベル」についての証言は(専門家とはいえ)あくまで人間によって述べられた一つの個人的意見に過ぎない。しかし、結果的には、それがそのまま判断基準として使われることになる。
「直接の原因」では、原告は過失によって損害が発生し、その過失行為がなければ損害が起こらなかったことを証明する必要がある。もし医者が過失を認めたとしても、それが損害の直接の原因でない場合、あるいは過失のあるなしに関わらず、損害は(いずれにせよ)起こったと判断された場合、医者(被告)は責任を問われない。
「損害」は、原告が被った被害である。損なわれた体の機能に対して金額を設定することは、それほど困難ではない。しかし、稼得収入は人によって差があるため、ことはややこしくなる。大きな稼得収入を得ている人が医療ミスのためにその収入を得られなくなった場合、その人は大きな損害額を請求できる。一方、引退して稼得収入がない人は、請求できる損害額は小さい。ここで新たな疑問が生まれる。医者は高所得者に対しては(それが患者にとって最適であったとしても)リスクの大きい治療法は避けるのではないか?
これらは金銭に置き換えることが比較的容易な「経済的」損害であるが、コンソーシャム(共同して生活し親密な関係を持つことから受ける精神的利益)の喪失、精神的な痛み、苦しみ、失われたチャンスなどに代表される「非経済的」損害は、全く別の問題である。トート法の下では、これらの漠然とした抽象的な損害も金銭に置き換えて補償できることになっている。ここで億単位の損害賠償金が現実のものとなる。つまり、高給取りの重役が、過酷で長期に渡る絶え間ない痛みのせいで本来の仕事を遂行できないくらいのストレスに晒されていると証明できれば、その人の損害は多大であると判断されるのである。