大病院・大学病院信仰
日本には「大病院」や「大学病院」へ行けば高度の医療が受けられるから安心と思っている人が大勢いるが、アメリカ人は全く逆の思考をする。すなわち、大病院の玄関に一歩足を踏み入れた時点で、治療に伴う事故のリスクが急上昇すると考える。また、大学病院で治療を受けることは、基本的に自分が「教育材料」になること、医学進歩のための「モルモット」になることを了承するのと同じ意味であると信じている。昨年の米国の大ニュースの一つは、この考え方が正しいことを証明した。政府が行った3年間に渡る大調査の結果、大病院・大学病院での医療過誤による死亡者が年間約98,000人にも上ることが判明したのである。医者の誤診、名前の間違い、投薬の誤り、手術の基本ミスなどが原因で、毎年10万人近くが無意味に命を失っているのだ(この調査では小規模の病院になればなるほど死亡事故が少ないことも分かった)。
全てを秘密のベールで覆い、医者の絶対的無謬性と権威を前提とした日本ではどうだろう? そんな事故は起こっていないと信じられるだろうか? 実体はむしろ米国よりひどいと考えられないか? 米国の医療界はミスを防ぐための3重・4重の監視システムを備えており、世界で最も厳重な安全対策を講じている(それでも事故が起こるのは、ほとんどの場合「ヒューマン・エラー」と呼ばれる人的ミスのせいだ)。全病院は2年毎に連邦政府・州政府・非利益消費者団体・保険会社の機関などが行う徹底的な抜き打ち検査・調査を受けなくてはならない。厚生省と病院・医師の事前了解による馴れ合いの帳簿検査と違って、米国では少しでも不備が見出された病院はただちに無期限閉鎖となる。平均入院期間が5〜10倍の日本の病院で患者の身に何が起きているか、想像するだけでも恐ろしい。しかし、大病院と大学病院に対する信仰がなくならない限り、日本では隠された医療事故が続くだろう。